板倉の家

 出雲大社に行くと、本殿前に近年発掘された心御柱の実物大が展示
 されていました。
 学生時代に大社の本殿が十六丈(48m)もの高さが有ったと建築
 史の本で読んだのですが、実物大の柱をこの眼で見るまでは、僕の
 中では神話でしかありませんでした。ですが、実際に目の当りに
 してみると、神話が史実となり、史実が事実となって覆い被さって
 きました。

 「ウーン、どうやってこれらの太い柱を建てたのか?スロープを
 利用したのは間違いないと思うが、ハテ?滑車は存在したのであろ
 うか・・・?」等々。

 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)伝説は、実は暴れ川だった斐伊川を
 治水した事実が伝承されていく間に伝説となり神話にまで昇華した
 ようです。そうなると、事実、史実、伝説、神話の其々の境界は
 どこにあるのでしょうか?

 前置きが長くなりましたが、板倉造りは、出雲大社の本殿に見ら
 れるように、神話の時代から現代まで脈々と生き続けています。

 こちらは、京都府美山町にある、『かやぶきの里北村』です。

 かやぶきの里北村は、現在50戸中38戸がかやぶき屋根の建築の
 集落で、集落でのかやぶき建築数は岐阜県白川村荻町・福島県下郷
 村大内宿に次ぐ全国第3位です。
 又、その他の伝統技法による建築物群を含めた歴史的景観の保存度
 への評価も高く、平成5年12月、国の重要伝統的建造物群保存地区の
 選定を受けました。

 茅葺き屋根の家屋が建ちならび、農村の原風景ともいうべき風情が
 見られます。

 この建物は美山町民俗資料館です。

 柱と柱に貫き板を渡し、それに板を打ちつけているのが見えます。

 日本の住宅は昔から『夏を旨とすべし…』です。

 冬は見るからに寒そうですが…。

 欅(ケヤキ)か栗の良い材木を使っていますが、この建物は再建され
 たものなので、当初の姿とは違うかもしれません。

 この建物が建てられた時代、この寒村では材木には不自由しな
 かったと言うよりも、『木を使うしかなかった』のです。

 資料館の係のおばさんの話では、
 「板壁は粗末やさかいに、お金があれば壁を塗るんやけどね」
 「……そうか、木を使うしか方法が無かったんやね」

 浴室も板張りです。

 小屋組みの様子

 昔も今も山には木があふれています。昔は、家で使う薪や芝刈り
 などで、結果的に山は手入れされていた(モチロン手入れのための
 間伐等の山仕事も行われていた)のです。

 現在では、木や芝も利用されずに山の状況は全く変わっています。

 昔は『家(家庭)のために近在の木を使うしかなかった』
 今は『山のために (地球のために) 木を使うしかない』と思います。

『板倉の家』 が、ピュアソリッドハウスとして新登場しました(^O^)

ピュアソリッドハウスとは・・・?